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永平寺:禅宗は道元禅師が中国に留学し帰国後正伝の仏法宣揚し日本に広めた。中国禅宗の流れをくむ臨済宗は、幕府や貴族階級など、時の権力者の信仰を得たのに対し、曹洞宗は地方の豪族や一般民衆の帰依を受け、もっぱら地方へと教線を伸ばして行った。
厳しい修行で知られ特に冬の寒い日の僧達の修行には心うつものがある。

永源寺:南北町時代の康安元年(1361)、近江国の領守佐々木氏頼が、この地に伽藍を建て、寂室元光禅師を迎えて開山され、瑞石山永源寺と号した。
禅師が遷化された後の、応安2年(1369)後光厳天皇は禅師を追崇され円応禅師の諡号をおくられ、さらに昭和3年(1928)4月には正燈国師の称号がおくられている。応仁の乱には、京都五山の名僧がこの地に難を避け修行し、
"文教の地近江に移る"といわれるほど隆盛をきわめた。
明応(1492)永禄(1563)とたび重なる兵火にかかり、本山をはじめ、山上の寺院悉く焼失。寛永年間一 絲文守禅師(仏頂国師)が住山し、後水尾天皇の帰依を受け再興された。明治以来、臨済宗永源寺派の本山となり、百数十の末寺を統轄し、坐禅研讃、天下泰平、万民安穏を祈る道場となっている。





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